縁の下の人柱の巻その1(スマートでハンサムな破産申立ての陰)

当事務所は,開業以来,間断なく個人または法人の破産手続申立てを行ってきました。個人の破産と法人の破産では,その手続につきかなり違いはあるものの,借金が返せないという点では共通しています。それゆえ,個人または法人の代表者の方が,「返せない借金を負っている」,「督促に対応できない」といった状態が常時ストレスになっており,心身が擦り減ってしまった方へ「全て終わりました。お疲れ様でした。」という声掛けができる時を目指しています。他方,債権者の方々は,お金を貸す際,「後日返す。」との約束の上でのことなので,個人で免責を受けたり,会社が破産したことで,非常に痛手を負うことになります。極めて稀にですがそのことを理解していただけず,また,理解を拒みつつ,ただただ破産を申立ててくれ、とにかく急いでくれと求められる方がいらっしゃいますが,そのような方への対応は,弁護士さん次第になるのではないかと…。

破産の申立てをすると,個人であれば,特に,債権者へ分配するべき財産はなく,また,免責を与えるにあたり憂慮するべき事情もない(免責不許可事由は,破産法第252条第1項に記載されていますが,概ね「その破産はズルい」と言われる事情です。)ということであれば,同時廃止となり,比較的早く手続は終了します。それに対して,法人破産の場合や,個人の破産で同時廃止にならない場合,破産の申立てを代行した弁護士さんとは別に,裁判所が選任する弁護士が破産管財人として登場します。この管財人のお仕事は裁判所から回ってくるのですが,破産の申立てと同様,やはり間断なく拝命しています。

こうして,破産が申し立てられた後,破産者の味方である代理人の弁護士と裁判所から選ばれた破産管財人の弁護士が現れるのですが,法人破産等破産事件の規模が大きい場合,破産管財人候補者の段階で,破産者代理人と裁判所で,裁判官を交えて面談をすることがあります。
さて,とある年の4月,佐世保市内の法人の破産の管財人打診がありました。申立人は佐世保市外の先生。非常に頭がよく,スマートな先生です。申立書と関係資料を見ると,必要最小限の情報(だけ)がピシッ,ピシッと書かれているのみで,「さすがだなあ…。」と感心しつつも,空を見ると曇りがち……。申立書を読み進めると,廃業から破産申立てまで3日間…。
おっさん弁護士「!?……」
そして,その代理人が所属する事務所のホームページを見ると,とにかく我らはスゴイ,強い,強い、何たらに強い、頭がよい,かっこいい、モテモテの二枚目!…という内容で,「まあ,そりゃそうなんでしょうけれども…」と空を見ると,小雨が降り始め…。このあたりで,会社建物の中が非常に不安な状態です。
裁判所での面談に赴き,破産者,そして代理人先生から話を聞くと,案の定,会社建物内の物資は一切手付かずで,会計帳簿や手形関係の資料等,全てそのまま置きっぱなしとのこと。破産会社の代表者からは,「早く申立てをと思っていたので,スピード申立てをしていただいて,本当に代理人の先生には助かっています。」とのお話で,当方から,その大先生に「申立書の裏付けとなる会計関係の資料や手形用紙,通帳等はどちらにあるんですか?」と尋ねると,「分からない!たぶん建物の中のどこか!」と破産者には聞こえないように,かつ,当方にはキッパリとお話になられました。ポーカーフェイスの裁判官様から,「特に問題ありませんか?」という質問があり,当方にて,先ほどのキッパリに、「この押しの強さ、マネしたいものだが…」ともはや清々しさすら感じて,「承ります。」と回答。さて,管財業務が始まります。

翌日,現地会社へ行くと,昨日まで普通に営業していたんじゃないかというくらいの状況。会社建物と土地は,銀行の抵当にかかっているものの,銀行からは競売はしないので,なるべく高く不動産を売ってくれということだったので,この建物内の物資を何とかしなければなりません。さすがに,中年の当方一人で、広い建物の家具、事務用品等の什器備品や廃棄物を処分するということは不可能であり、廃品処理業者の方と連絡を取り、見積りを依頼します。

その見積どおりで廃品処理を進めていただくとして、その前に、とにかく会計関係の資料を搬出しなければなりません。廃品処理業者さんは、ゴールデンウィーク明けしかスケジュールが取れないということであり、日にちもないので、遠くに事務所を構えるクレバーマン弁護士と既に隠居を決め込んでいる会社代表者を呼んで説明しようとしてもらったところ、「諸事情により差支え(めんどうくさいのでソッチで適当にやってくれ)」とのこと。こうして、ゴールデンウィーク後半、朝に会社社屋へ自動車で赴き、主に巨大な金庫と重要そうな部屋を捜索して、資料を選び出しては、ダンボール箱を組み立てて中に放り込み、入れた資料につきダンボールにマジック書きをして、自動車の荷台へ放り込むという作業を開始します。自動車の荷台が一杯になると、30分ほど自動車を走らせて事務所へ赴き、重いダンボールを3階まで階段のぼって運び込み、全部入れたら、また、会社社屋へ…。これを1日5往復×(憲法記念日+みどりの日+子どもの日)というニントモカントモなスケジュールとなりました。

子どもの日の夕方になると、概ね、ダンボールも何十箱目かになり、ストレスマックスになりましたが、「もう、さすがにこれでいいですかねえ。」と最後のダンボールを自動車の荷台へ入れ、あとは、「一番最後に取っておいた細かな書面や物資」を後部座席へ積み込んで、「アッシのゴールデンウィークなんだったのかしら…」とトボトボと自動車を事務所へ向けて出発します。
 佐世保市の市街地へ入ると、何となくですが、元気も回復してきました。とある交差点で赤信号で停車した時、自動車内が自分一人だということで歌をがなり立てたのがマズかったのか、左の方の窓からコンコンコンとノックを受けました。何事かと見ると、警察官の方。窓を開けると、「すみません、ちょっと、自動車をそこの路肩まで移動させてもらえませんか。」と言われ、「(シートベルトはつけているし、特に違反はしていないはずだが…)はい、分かりました。」として自動車を移動させました。

 路肩に移動すると、その警察官の方、口調が打って変わり、かなり押しの強い感じで、「何してるのか説明してもらえます?」とのことで、若干焦り気味で「いや、何のことかよくわかりませんが怪しい者ではありませんよ。」と回答。すると、その警察官の方、いささか鋭い目で後部座席を見たので、当方も後ろを見た瞬間、
「メチャメチャ怪し~~~~~~ッッ!」
とリアクション芸を取ってしましました。
後部座席に詰め込んだ「一番最後に取っておいた細かな書面や物資」ですが、もう少し詳しく言うと、未記入の手形、小切手の大量の束、解約済みの預金通帳の200冊近くの束(半開き状態で積み重なり、輪ゴム止め状態です。)、手提げ金庫(中は、書類ばかりでお金はスッカラカン)、デスクトップパソコン本体やノートパソコン等(経理データが保存されているので、印刷を申立人サイドに頼んだら、管財人でやってほしいと突き返されたものであり、またリース物品なので、後日返却するため丁重に回収しなければなりません。)、賞状や額縁、なんだかよくわからないトロフィー(これらは後で破産者代表者に「思い出の品として必要ありませんか。」と尋ねるためです。)、ダンボール梱包用のテープや工具などが後部座席一杯に積まれていました。運転していた当方は、おんぼろのジャージに作業靴、ねじり鉢巻き、薄汚れた作業用軍手のイデダチで、長時間の肉体労働に疲弊し、元々ひね曲がった根性、ぼさぼさの頭の中年です。これに加えて荷台にはダンボールの山…。この光景は、大泥棒かなんかだと疑うのが普通ではないかと…。

…場所はさらに変わり、身分証明と事情についての高速説明(法人破産の管財人であるが、正々堂々な夜逃げ状態での申立てのため、会社社屋の処分に備えてウンヌンカンヌン…この3日の休みがパー…)をしたところ、「はぁーーっ、弁護士先生ってそんなことまでやるんですか~、はーーー。」「いや、おそらく極めて例外的だと思いますよ。私の場合、まあダイエットもかねてですので。」「そうなんですねー」といったやりとりですぐに開放してもらえました。
一時期、ため口だった警察の方も(疑う方が当然なので口調が強くなるのもやむを得ないとは思いますが)、最後は「お疲れ様でしたーー!がんばって下さーい!」という口調に変わっていたのですが、優しさ20パーセント、蔑み80パーセントというように感じたのは、当方の性根が悪いからでしょう。

そんなこんなで社屋は無事、入札方式で売れ、抵当権者はほぼ満額回収、申立代理人センセのドヤ顔を前にし、もはや何も言う気も起らんという流れになりました。ま、仕事の一環で身体の鍛錬になりましたし、職務質問を受けるという貴重な経験に加え、こうしてコラムのネタにもなったので、十分お釣りも出たのではないでしょうか……。たまたまこのコラムを読んだ方が笑ってくれたら、救われるのですが…。